生後3ヶ月、先天性心疾患・右肺動脈欠損が判明するまで

息子に先天性の心疾患が見つかりました。まだ治療の途中です。心疾患には様々な種類があり、また心疾患をかかえるお子さんも実は少なくありません。

心疾患が分かり、情報が欲しくてたくさんのサイト、ブログを読みました。今後同じような病気をかかえた家族の方に何か役に立てればと、私もこのブログに残しておこうと思います。

感染症の入院時に心臓に雑音があると指摘をされたことが始まりでした。

ドクターからは

「新生児にはよくあることなので、成長すれば塞がることもあります。」

と言われており、そこまで心配はしていませんでした。

感染症の退院時に、心臓のエコーの予約をしてもらい、後日心臓のエコーをとることに。
その後、病院から二回エコーを受けるようにと手紙が届きます。

1回目のエコーでは、心臓の穴は塞がっており、何の問題もないと言われました。

そして、それから二週間ほどたつと、最初の異変が現れ始めました。

声がかすれて出ないのです。

泣きすぎて、枯れちゃったかな?空気が乾燥してたかな?部屋の掃除が足りなかったかな?

と自分なりに判断して、掃除や保湿など行ってみるも全く改善しませんでした。

それから2回目のエコーを受けることに。エコーの診断前に、息子がゼーゼー言って呼吸することに気づいたドクターは、「ん。」という顔をして、そそくさとエコーを胸にあてました。

そこで最初に診断されたのが、
肺動脈スリング
という心疾患でした。

「まだその状態なら家で過ごせる、2回目はCT検査をして気管の状態などをみましょう」

と言われ、帰宅となりました。

娘と息子を連れて、途方にくれながら帰ったの覚えています。

やっぱり問題があったんだと。。

それからはその病気についてネットで検索をし続け、次の検査まで過ごすつもりでした。

ですが、それから全く予約の手紙が届かないのです。何度も病院に電話をしてみるも、担当がバケーションだとか、もう送ったとか色々言われて結局1ヶ月ほど過ぎようとしていました。

一方で、それぐらいから息子はまずウンチが出にくくなりました。一週間くらいの便秘です。
それをネットで調べても、新生児を過ぎたので良くあることだという記事をみて、そうなんだと思っていました。

次に、おっぱいは出るのですが、張らなくなっていきました。これも需要と供給があってきたんだと勝手にプラスにとらえていました。娘の時に十分におっぱいが出ていたので、今回も問題ないと思っていたのです。

どれも息子が衰弱していっていた兆候だったのにもかかわらず。

便秘がひどくホームドクターにも診てもらいました。心臓に問題があることを伝えましたが、その時も大きな病院へ行くべきという話は出ず、薬の処方箋をもらったのみでした。

加えて表情が乏しくなり、ぐったりとするようになりました。夫にも手伝ってもらい再度、エコー検査を受けた病院へ連絡を入れることに。

電話で担当ドクターの名前を伝え、体調が良くないと伝えて返答を待ちました。その3時間後に折り返しがあり、緊急時なので診てもらえるということで息子と私は病院へ向かいました。

病院へ着き、小児科の受付で電話をして緊急のため来た旨を伝えると、そんなことは聞いていないと言われ、病院内をたらい回し。担当のドクターのアシスタントにも確認して欲しいと言っても、ドクターからは「そんなことは知らない」と言われてしまいました。ドクターはアシスタントに一言二言言い、私たちの顔を一瞬チラッとみただけで自分の部屋へ帰っていきました。

そして、小児科とだいぶ離れた場所の小さな問診室に連れていかれました。若いナースさんがとりあえず話だけでも聞くかぁといった様子です。

そこで体温を測るとまたもや低体温になっており、奥の処置室て連れていかれます。体重を測ると、1ヶ月前と1グラムも変わっていませんでした。衰弱して、おっぱいが飲めていなかったので、うんちも出ていなかったのです。

さっきまでいた若いナースさんはもうどこかへ行き、ベテランらしきナースさんやドクターが何人も部屋を行ったり来たりするようになり、息子はまたチューブとコードだらけになっていきました。

そして気づけばあの担当のドクターも処置室へやってきていました。

ここで複数人のドクターによって丁寧にエコーが行われ、レントゲンをとりました。

その結果、息子は肺動脈スリングではないことが判明したのです。

息子の病状は、右肺動脈欠損とそれに伴う肺高血圧症でした。

そして低体温と衰退は、心疾患に加えまたもや感染症にかかっていたことが原因でした。

右肺がうまく機能していないため、呼吸が不安定であり、その上左肺への血圧がかなり身体に負担をかけていたため、大変危険な状態でした。

そしてまた大学病院へと緊急搬送となりました。

大学病院の集中治療室へ運ばれ、再度大学病院の医師たちによって検査がされ、右肺動脈欠損で間違いないと診断されました。

私の息子は、先天性心疾患を持って生まれてきていました。

もっと早く気づいてあげていれば、こんなにも衰弱する前に治療を受けされてあげられたかもしれなかったです。

妊娠中のエコーで心臓が一部うまく写らなかったのには、これが1つの原因だったのかもしれません。

その夜、一通りの検査とドクターとの面談を終えて、空っぽになったベビーカーと共に、私たち家族3人は最終電車でハーグへ帰ってきました。

私たち家族の長い治療生活が始まりました。

*最後までお読みいただきありがとうございました*